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釧路地方裁判所 昭和58年(行ウ)5号 判決 1985年6月11日

原告 坂井一

被告 足寄郡陸別町長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年七月五日付けで原告に対してなした降任処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年当時、陸別町役場の管財課長の職にあつたところ、被告は、原告に対し、同年七月五日、「参事を命ずる。管財課勤務を命ずる。」旨の降任処分(以下「本件処分」という。)を行つた。

2  原告は、本件処分が原告の意に反する違法な降任処分であるとして、昭和五八年七月二六日、陸別町公平委員会に対し不服申立てを行つたところ、同委員会は、同年一二月二八日、本件処分が降任にあたらないことを理由としてこれを承認する旨の裁決をした。

3  しかし、参事が課長の職よりも職制上下位であることは次に述べることから明らかであるから、本件処分は降任処分というべきである。

(一) 陸別町職員の職の設置に関する規則二条一項に定めた職制の序列によれば、参事は課長の下位である。

(二) 陸別町役場処務規則二条四項には、「課長は、上司の命を受け、課務を処理し、課員を指揮監督する。」とあるところ、参事も課員であるから、課長の指揮監督に服することになる。

(三) 同規則二条五項には、「参事は上司の命を受け、指定する業務を処理する。」とあるところ、この上司とは、何人を指すのか明らかにした規定がない限り、役場事務の処理機構上課長とするのが当然である。

(四) 管財課長の職責は、管財係の分掌事項六項目、車両係の分掌事項五項目、計一一項目に及ぶが、原告の職責は、そのうち公有財産台帳に関することの一項目に限定されている。しかも、原告の職務は、管財課長が公有財産台帳に記録すべきものと決定した事項を右台帳に転記するという単純な事務である。また、参事には、課長の有する指揮監督権、専決権、代決権がない。

右のように、職務権限の範囲、内容を比較しても、参事は課長より下位の職である。

(五) 参事には、課長に支給される管理職手当が支給されない。

(六) 陸別町役場処務規則二〇条によれば、参事が回議書を作成したときは、課長の決裁を受けなければならないことになつている。また、参事が出張命令を受けようとする場合あるいは職務上必要な物品を購入するような場合にも、課長の決裁を受けることが必要である。さらに、原告は、前(四)項で述べたとおり、公有財産台帳作成の事務を行うにつき、管財課長の指示を受けている。

右のように、参事は、課長の指揮監督を受けているものであるから、課長より下位の職であることは明らかである。

4  しかるに、被告は、地方公務員法二八条一項に定める降任事由が原告に存しないにもかかわらず、原告をその意に反し管財課長から参事に降任させたものであるから、本件処分は違法である。もつとも、役職任命換等に関する取扱要綱(以下「本件要綱」という。)には、一定年齢に達した役付職員を参事に降任しうる旨の規定があるが、降任事由は地方公務員法二八条一項に法定されており、それ以外の降任は、職員の意に反しないもののみが認められるのであるから、本件要綱が地方公務員法に違背するものであつて、これにより原告を降任しえないことは明らかである。

したがつて、降任事由なくして行われた本件処分は、地方公務員法二七条二項、二八条一項及び三項に反する違法な処分として取り消されるべきである。

5  よつて、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3冒頭の主張は争う。

(一) 同3(一)の事実は否認する。

(二) 同3(二)のうち、陸別町役場処務規則二条四項に原告主張の定めがあることは認めるが、その余の主張は争う。

(三) 同3(三)のうち、陸別町役場処務規則二条五項に原告主張の定めがあることは認めるが、その余の主張は争う。

(四) 同3(四)のうち、管財課長の職責が管財係の分掌事項六項目、車両係の分掌事項五項目、計一一項目に及ぶこと、参事には課長の有する指揮監督権、専決権、代決権がないことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五) 同3(五)の事実は認める。

(六) 同3(六)のうち、陸別町役場処務規則二〇条の存在は認めるが、その余の事実は否認する。

参事に対する出張命令権者は、課長ではなく助役である。また、予算は、課長等に配当され、参事には配当されないため、参事が物品購入の必要が生じた場合は、自ら起票又は口頭で課長に要求することになるが、これは単なる事務執行上の手続にすぎず、このことから、参事が課長の指揮下に属するということはできない。

3  同4の主張は争う。

三  被告の主張

本件処分は降任処分ではない。すなわち、

1  陸別町では、職階制が採用されていないが、職務の複雑、困難、責任の度に基づき給料表が定められており、これが実質的に職階制に代わる役割を果たしているのであつて、給料表上の等級が職級に該当するものである。

しかるに、職員の初任給、昇格、昇給等に関する規則別表第一の一給料表(一)等級別職務表によれば、参事職は課長と同じく一等級に該当するのであるから、参事の職務は課長のそれと同等とみるべきで、本件処分により職級が下がつたとはいえない。したがつて、本件処分は降任に該当しない。

2  本件要綱には、「参事の職は課長相当職とし指定業務を処理する。」と規定されており、本件処分が降任でないことは右規定上明白である。

3  参事の直接の指揮監督者は、課長ではなく助役である。たとえば、参事に対する出張命令及び時間外勤務命令並びに参事の年次休暇請求に対する承認は、いずれも助役が行つている。このことからも、本件処分が降任でないことは明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一  陸別町役場の管財課長の職にあつた原告が、昭和五八年七月五日、被告から管財課勤務の参事を命ぜられたことについては、当事者間に争いがない。

原告が管財課勤務の参事を命ぜられるに至つた経緯については、原本の存在と成立について争いのない甲第一号証(乙第四号証と同一。)、成立について争いのない甲第二号証、乙第七号証、第二四号証の一ないし三、第二七ないし第二九号証、証人徳光孝夫および原告本人の供述を総合すると、次のようなものであつた。すなわち、

1  原告は、昭和三二年一〇月二一日、足寄郡陸別町役場に入つて以降、税務課長、総務課長等を経て、昭和五五年四月管財課長に任命され、以来、同課長として勤務していたのであるが、昭和五八年六月三〇日、被告から町長室において突然「五八才を過ぎた職員については、役職から降りてもらうことにしたので、了承してほしい」旨告げられた。

2  これに対し、原告は、十勝支庁管内の他の町村においては退職勧奨または降任について同意を得る場合には年金を上積みするか或いは特別昇給をさせる等の優遇措置があるのに、陸別町においてはそのような制度がなく、被告もまたそのような措置を採らないで、役職だけ降りることを強いるのは自分を冷遇するものであると考えて、直ちにこれを拒絶する旨の意思を明らかにした。

3  更に、七月二日、原告は、再び被告から役職を降りることについての同意を求められたが、陸別町に職を得て以来の勤務実績に自負するところのある原告は、このような降任処分を受け容れる理由はないとして、このときにも被告の要請を撥ねつけた。

4  これに対し、被告は、昭和五八年七月四日、「陸別町職員の職の設置に関する規則」の一部を改正し、従前の課長、課長補佐、係長のほかに、「参事」の職を設け、その職務の内容を「上司の命を受け指定する業務を処理する」旨定め、同月五日から施行することにした。

5  そして、右の規則の改正を受けて、北海道庁が一定の年齢に到達した役付職員をその役付から離れさせて参与等に任命する際の北海道庁の運用規準を定めた「役職任命換等に関する取扱要綱」に倣つて、被告は本件要綱を制定した。

6  本件要綱によると、課長、事務長、課長補佐に就いている職員が五八歳に達つしたときには、これを参事の職に任命する旨定められているところ、原告は大正一二年一月一日生れで、当時既に満六〇歳六ケ月になつていたので、被告は、昭和五八年七月五日、原告を管財課付きの参事に任命し、その業務として、公有財産等の整備に関する業務を口頭で指定した。

被告が規則を改正し、本件要綱を定めて参事の職を置いたのは、陸別町においては、従前から課長職の高齢化に対する対応が検討されていたが、「地方公務員法の一部を改正する法律」(昭和五六年法律第九二号)により昭和六〇年三月三一日から地方公務員に対して六〇歳の定年制が導入されるのに先がけて、課長等職の適正な新陳代謝を促進し、若手職員を課長等職に昇進させ、組織の活力化を図り、一方、高齢な課長等職にある者には、管理・監督業務から解放し、それまで蓄積した専門的知識と経験を生かして指定された特定分野に専念せしめるという観点から参事職制度を設置するのが相当であるとの結論に達していたからである。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

二  原告は、被告が原告を管財課長から管財課勤務の参事に任命したのは、降任処分である旨主張するので、先ず、この点につき検討する。

1  一般に、地方公務員法(以下、法という。)二七条二項にいう降任とは、職員を、法令、条例、規則、その他の規定により公の名称が与えられている職で、その現に有するものより下位のものに任命する処分をいうと解せられる。しかしながら、公務員の職位につき職階制が定められている場合には、何が上位の職で何が下位の職であるかは、職階制の定め自体によつてその判定は明白となろうが、現在、職階制は未だ実施されておらず、また、行政組織上の職名も直ちに職務の複雑さと責任の度合いを示すものばかりではないから、その判定は必ずしも容易なことではない。

ところで、現在の職と任命される職とを比較するにあたり、あらゆる点を比較対照し、その職務権限、内容に少しでも差異が認められるときには、その間に強いて上下の区別を付けることにすると、結果として、職員が一旦行政組織上のある職に任ぜられると、任命権者は本人の承諾を得られない限り当該職員を異動させることが事実上できなくなる虞れが生じ、これは、終身雇用を前提とし、一方において、職員の任用(採用、昇任、降任、転任)は、勤務成績その他の能力の実証に基づく成績主義によつて行なわなければならない(法一五条)のであるが、職階制を施行していれば、勤務評定も職階毎に明確に定まつている職務を、当該職員がどの程度遂行したかを評定することでなされるであろうが、現行の勤務評定ではそのような職務と直接結びついた評価ができないので、任命権者が任用を成績主義によつて行なうことは事実上困難であると想像され、その意味で成績主義が充分に機能していない現行の公務員制度の実態にそぐわないものといわねばならない。

そして、職員の給与は、職務の内容と責任に応じて支払わなければならない(法二四条一項)ところから、俸給表は、職務の複雑困難及び責任の度合いに基づいて定められた等級に分かれており、このため、俸給表が不充分ながら職階制に代わる機能を有している現状は否定できない。

したがつて、現在のところ、降任とは、俸給表における職務の等級の降ること及び俸給表の上では職務の等級が降らないときには職制上、上下の別が判定される上位の職から下位の職に降ることをいうと解するが、後者の場合その判定に際しては、主として法令、条例、規則、その他の規定によつてその職が行政組織上どのように位置づけられているかの観点からみて、行なうのが相当である。

2  そこで、本件についてみるに前記一認定の事実に、前掲乙第七号、第二四号証の一ないし三、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一ないし一九、第一二、第一三号証、第一四号証の一ないし九、同号証の一一、一二、第一五号証の二、第一八号証、第二〇号証、第二三号証、及び前掲徳光孝夫の証言を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  陸別町の職員の給与に関する条例別表第一給料表(一)は、職務の複雑、困難、責任の度合いに基づき、職務の等級が一等級から六等級にまで分類され、右条例三条二項を受けて、各等級の職務の内容が、職員の初任給、昇格、昇給等に関する規則別表第一の一給料表(一)等級別職務表に定められているところ、右職務表によれば、新設された参事の職務は課長の職務と同等の一等級と定められている。

(2)  前記制定された本件要綱には、参事の職は課長相当職とする旨の規定を設けて、参事の職位の評価を明らかにしており、したがつて、右規定上からは、参事と課長との間に職位の上下関係は全く存在しないものであつた。

(3)  陸別町役場においては、係長以下の者に対する十勝管内の出張命令及び時間外勤務命令並びに係長以下の者の年次休暇申請に対する承認は、いずれも課長の専決事項であるが、参事職が新設されて以降、参事に対する右各命令、承認は、参事が課長相当職であることから、課長に対する場合と同様に助役が行つてこれを処理していた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上認定した事実、就中、参事の給料表上の等級は課長と同じく一等級であるうえ、本件要綱上も参事は課長相当職である旨定められていること、更に、出張等において上司の命令、承認が必要となる場合には、課長ではなく助役が命令、承認を行つていたとの事実等に照らせば、今回新設された参事の職は、職制上、課長の職と同等の職であるものと認めるのが相当であるから、本件処分が降任処分であるとの原告の主張は採用し難いものといわざるを得ない。

4  もつとも、前掲乙第二〇号証、成立に争いのない甲第九号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第一〇号証、第一三号証の一ないし一〇及び前掲原告本人尋問の結果を総合すると、(一)原告は、参事に任命されてから、管財課長より回付されてくる公有財産取得等に関する通知書(公有財産の管理者である各課長等が管財課長宛に通知した書面)に基づき、右通知書記載に係る財産の取得に関する事項を公有財産台帳に記載するという業務を行つていること、(二)陸別町事務決裁規程には、一般会計における消耗品費の支出負担行為につき、二〇万円以上を助役、二〇万円未満を総務課長、一〇万円未満を課長共通の専決事項とする旨の定めがあるため、原告は、職務上必要な一〇万円未満の消耗品を購入するに際し、支出負担行為決議書を作成して管財課長の決裁を受けていることが認められるところ、原告は、右各認定事実を以つて、本件処分が降任であることの一事由として主張している。しかしながら、管財課長から回付されてきた書面に基づき原告が業務を行つているということのみをもつて、管財課長が、その指揮監督権に基づき、上司としての立場で原告に対し業務を命じている、すなわち、職制上、管財課長は参事より上位の職であるとは断じ難いし、また、陸別町事務決裁規程の前記定めによれば、総務課長以外の課長が一〇万円以上二〇万円未満の消耗品を購入しようとする際には、総務課長の決裁が必要であることになるが、そうであるからといつて、総務課長とそれ以外の課長とが職制上、上下関係にあるとは認め難いことに加え、陸別町では、助役といえども、消耗品を購入しようとする際に、総務課長の決裁が手続上必要となる場合があること(右事実は証人徳光孝夫の証言により認められる。)に照らしてみると、前記(二)の事実をもつて、職制上参事が課長の下位にあると認めることもできない。

また、原告は、参事の職務権限の範囲、内容が課長のそれに比較して狭くかつ単純であること、更に参事には管理職手当が支給されないことを指摘して、参事が課長より下位の職である旨主張するが(請求原因3の(四)、(五))、職制上、上下関係にあるかどうかの判断は、参事が行政組織上どのように位置付けられているかどうかの観点から決すべきであるところ、参事が本件要綱によつて、課長相当職である旨定められていること前記判示のとおりであり、一方職務権限の範囲、内容の相違は職務の種類によつて自ら差異の生ずるものであり、管理職手当の支給についても、当該職務が管理職業務であるか否かによつて支給の有無が決せられるものである、すなわち、管理職としてではなく、特に命じられた事項を処理する、謂わばスタツフとしての機能を期待されている参事に、業務の執行を指揮監督する権限がなく、したがつて、管理職手当が支給されないのは当然であり、これによつて一般的にラインの職がスタツフの職より上にあるとは言えないから職務権限の範囲と内容を対比することによつて参事職と課長職の職制上の上下関係を判断することは当を得たものとはいい難い。

そして、他に本件処分が降任処分であることを認めるに足りる証拠はなく(念のために、付言すれば、原告が請求原因3の(一)、(二)で主張する各規定自体からは、職制上参事が課長の下位であると認めることはできない。)、かえつて、降任処分とは認められないことは前認定のとおりである。

三  以上によれば、本件処分が降任処分であることを前提としてその取消しを求める原告の請求は理由がないと言わねばならない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔柳正義 杉本正樹 山田俊雄)

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